2012年01月08日

セルフワーキングはやっぱりややこしい

「食べログ」のニュースの報道のときに「ステルスマーケティング」という言葉が使われ「ステマ」と略されて2ちゃんねるでかなりはやっている。何かあれば「ステマ」と呼ばれている、そんな感じ。このブログも「ステマ」扱いされないかと心配になるくらい。こんなアクセス数の少ないマニアックなブログにそんな力はないし、心配するようなことではないのだが。

本当は、iPod touch/iPadでのマジックアプリについて書こうかと思っていたのだが、忘れないうちに最近思ったことをまとめておきたい。

以前の記事でもセルフワーキングの悩みと言うことで書いたことがあるんだけど、「やっぱり、ややこしいなあ」と最近、改めて思ったことがあるので、その話など。


今回の題材は某メルマガで取り上げられていたPit Hartling氏の「CHAOS」。このブログは基本的に否定的なことは書かない方針であるのだが、敢えて、自分の考えの整理も目的の1つとして、ちょっと否定的なことを書いてみる。もちろん、反論は大歓迎(感情的な反論は困りますが…)。とりあえず動画を見て欲しい(Youtubeなのでいつ削除されるかわからないけど)。
英語じゃないので、現象をちょっと補足しておくと「これから数理トリックを見せる」と言い、観客2名に1名には黒のカード、もう1名には赤のカードを選んでもらい、その位置を入れ替えてもらう。あとは動画の通りにカードを操作して、入れ替えたカードを当てるというマジック。

策略として「数理トリックである」と言い切ってこの手順を見せるというのは面白くて、そう言い切ることで、いくつかの問題を解決している。「なぜ、カードを入れ替えるのか」とか「なぜ、8個の山に配るのか」とか、そういうのが全部「数理トリックだから」という説明でそれなりに説得力を持たせられる。
ただ、私が気になるのは、相手によっては、「あぁ、確かに数理トリックだ」と思われる可能性が十分あること。確かに途中からでたらめに山に分けているように見えるし、最終的に分けた山を1つにまとめてしまうのだから、「数理トリックに見せかけた別のトリック」に見えるかもしれない。しかし、人によっては(特に毎度このブログに登場するうちの「会社の同僚」みたいな人には)、「あぁ、確かに規則性があって、数理的に解決できそう」と思われる可能性を否定できていないと思う。少なくとも私は初見で「ある規則性を崩していない」ことは分かった。だから「数理トリックである」と言うのは諸刃の剣で、確かにたいていの人にはうまくいく策略だろうが、逆効果になる可能性もあって、危険だと思う。少なくとも私はこのマジックをこの演出でレパートリーに入れたいとは思わない(まあ、それ以前にセットアップが面倒でやる気にならないという話もあるのだが)。

もうちょっと具体的に言うと、この手のマジックを見て、タネを推測しようとする人の思考は消去法的考え方なのである。
これは私の妄想でも想像でもなく、実際に別のトリックで会社の同僚がその原理を見抜いたときに、その思考の過程を説明してくれたという実経験に基づく。彼らは、こういうトリックを見ると「そういう一見ランダムに見える操作をしたとしても、何らかの規則性が維持できているのではないか。となると、そういう操作を行ったにも関わらず維持される規則性は何か」と思考してくる。その結果、このようなマジックの基本原理となっている規則性を見抜いてしまうのである。つまり、一見ランダムに見える複雑な操作がタネを推測する材料になってしまうのである。
したがって、このマジックを「数理トリックである」と言って見せると、「確かに」と言われてしまう事態を招いてしまうリスクが上昇すると考える。
もちろん、見せる相手によることはわかっている。ただ、前々から書いているが、初対面の人に見せるとき、その人がどういう人かはわからないので、やっぱりレパートリーには入れにくい。

この辺りがセルフワーキングの悩みであり、いかにセルフワーキングであることを隠すかというのは重要な問題。どうしても論理的思考が得意な人、パズル等が得意な人には原理に気付かれやすい。その1つのアプローチとして「CHAOS」は面白いアプローチであるが、上記の通り、危険は方法でもあると思う。
やっぱりセルフワーキングをレパートリーにするなら、マジシャンでも理解しにくいような原理を巧妙に使ったトリックをレパートリーにする方が安心。演出である程度カバーできるのはわかるが、限度がある。

とまあ、そんなことをこのマジックを見て思った次第。セルフワーキングってうまくいくと、とっても不思議に見えることは承知しているが、やっぱり難しい。

posted by shadow at 03:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

「ラビリンス」をきっかけに思ったこと

Twitterで私をフォローして下さっている方にはわかると思うが、本当はiPod touchのことで色々と書きたいことが山のようにあるのだが(備忘録にもなるし)、先月からマジックの話がかなり減っているで、今日は我慢して、マジックの話を。

今日書きたいのはラビリンスのレビューではない。表題の通り、それに関して思ったことである。「ラビリンス」のレビューは「大変不思議。マジシャンでも引っ掛かる。非常に興味深い原理を使っている。即興、即席で、簡単にできて便利。」というところか。非常によくできたマジックだと思う。ただ、これから書く辺りをどう考えるかは難しいと思う。まったく考えがまとまってないので、あまり期待せず読んで下さい。

マジックを評価するときの1つの指標として「観客の負担」というのがあると思う。もちろん、軽い方がいい。しかしながら、原理上の制約、現象上の制約から、結構、観客の負担の高いマジックもある。「すべては観客の手によって行われたのに、不思議なことが起きた」というのは結構インパクトがある。なので、それに見合う価値があるのなら、観客の負担は少々高くてもいいと思う。
というところまではいいと思うんだけど、問題は「どこまで高くでもいいか?」というのと、観客に何らかの操作をしてもらうとき「その操作に意味を持たせられるか?」、「操作ミスがあったらどうするか」という辺り。少なくとも私は気になる

1つ目は観客や状況次第と思う。カジュアルな場で、見ている方も軽い気持ちで見ているときに、あれこれ観客にやってもらうのは観客からすればかなり面倒だろう。マジックを見る気満々で、「これから何が起きるんだろう!」状態であれば、かなり観客に負担をかけてもいいし、その方が喜ぶ人もいるかもしれない。

2つ目辺りから結構気になる。Youtubeに動画もあることだし。ラビリンスを例にさせてもらうと、覚えるカードを決めるまでの観客の操作は結構ある。「取った枚数を数える」「その枚数数えて、その枚数目のカードを覚える」。かなり面倒ではなかろうか。そして、「なぜ、そんな面倒なことをして覚えるカードを選ばないといけないのか?」と疑問を持たれないようにできるのか。そこら辺が気になる。この後書こうと思っている「ミス」にも関連するけど、取ったカードを数えるときに「適当に取ってもらいましたけど、何枚取られました?」とさりげなく、枚数にあまり意味はないかのようにするというのは常套手段であるが、それをすると、真剣に数えてくれない可能性があり、数え間違いのリスクがあると思う。覚えてもらうカードを選ぶために、枚数をまた数えるのは私にはどう説明していいか、どんな風にすれば、不自然にならないかわからない。素直に「こうして下さい」と言う他ない(少なくとも私には)。そこで「そういうもんなんだ」と思ってくれればいいが、「面倒なことさせるなあ」と思われると、マジックの効果が薄れる気がする。

最後3つ目、「操作ミス」であるが、私はこれが一番恐い。しつこくラビリンスを例にさせてもらうが(わかりやすいので)、ちゃんと、事前にマジシャンがやってみせて、観客が操作しているときも、マジシャンは見ないようにするが、声で指示を出して、間違いを防止している。しかし、私の経験上、それでも操作ミスは起きる。実際何度か経験した(ラビリンスではないが、やってみせて、声で説明しながらやってもらった状況において)。観客の操作ミスに気がつけばいいが、ラビリンスのように完全に見てない状態では、気がつけないので、最後に非常にリカバーの難しい失敗という状態になってしまう。
メンタルマジック好きな私であるが、この「マジシャンが見てない状態での観客の操作ミス」が怖くて、名作なのにレパートリーから外れているマジックが結構ある。トラウマと言っていいかもしれない。マジシャンからすれば簡単な操作でも、慣れない人は思いもよらない間違いをする。で、そういう間違いがないようにくどくど詳しく説明すると、流れが悪くなるし、そこに怪しさが出てくるように思う(「正確にそうしないとうまくいかないんだ。何か理由があるな」みたいな。まあ、その通りなんだけど)。今でも、どうしたものか悩んでいる。

基本的な対処方法は「適切な観客を選ぶ」だと思う。少なくともメンタルマジックにおいては非常に重要なことであり、普段から自分なりに気をつけているつもり。どういう観客が適切かは、さすがに語る自信がないし、長くなるので、ここでは省略。
あとは、これも当然だけど、「観客をコントロールするスキルを上げる」。これは、場数を踏んで、何度も痛い目に会いながら修得するスキルだと思うが、メンタリストの演技を見ていると、言葉1つ1つを慎重に選び、適切なタイミングで、適切なトーンで指示を出し、明らかにうまく観客をコントロールしている。あの域は遠いなあと思うが、本気で取り組むのなら、今のように逃げていてはダメだろう。
とは言え、本当にミスがあるとどうしようもないので、TPO次第な部分は多いと思う。例えば、ラビリンスはよほどの理由がない限り、マジシャンか、マジックを見慣れた人にしか私はやらないだろう。「クロースアップマジックは初めて見ます」という観客には怖くてできない。

というわけで、私の中ではまったく解決してない問題なので、歯切れが悪いどころか「何書いてんだろ」状態であるが、「ラビリンス」を見たときに、「こういうのってどう考えたらいいんだろうね」と思い、あれこれ思ったので書いてみた。

posted by shadow at 20:20 | Comment(6) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

セルフワーキングの悩み

いいなあ、iPad。東京に行ったついでにヨドバシで実機に触ってみたけどいい感蝕。「重い」というレビューを見るが、私は気にならないレベル。これなら鞄に入れて持ち歩いてもいいと思った。思いつく使い方は、マジック関係の本をPDF化して、全部iPadに入れて読むというもの。検索機能もあるようだし、かなり便利じゃないかと。何より本棚が片付くのがよい。PDF化については自分でやる方法もあちこちのページで紹介されているが、機材の準備、手間を考えると有料サービスが無難ではないかなと思う。例えば、BOOKSCANスキャポンとか。後者はAmazonで買った本を直接PDF化してくれるのでこちらから送る手間とかなくて便利かも。PAYPALで支払うので、アカウントが必要だが。やっぱり人気あるらしく、現状新規は受付けてないとか。みんな考えることは同じか。
あとは、動画。山積みになってるマジックのDVDをチャプターで分割してエンコードしてiPadで見れるようにすれば便利そう。PDF化した本もそうだけど、あちこち探すことなく、iPadにすべて入っていれば探すのが楽。まあ、動画については保存できる量に限度があるだろうし、全部とはなかなかいかないと思うが、気軽にさっと起動して、さっと見れるメリットはでかいんじゃないかと思う。
今は品薄だし、色々な環境が整うのはこれからだと思うので、しばらくは様子見のつもりだが。上記の目的だけなら、iPad以外の物も出るかもしれないし。

さて、今日はちゃんと(?)マジックの話を。セルフワーキングトリック大好きなんだけど、ときどき悩まされることがあるので、その辺りの話をちょっと。
例として、以下の動画を見て欲しい。「EXCHANGE POKER」というNick Trostの作品である。見れば分かると思うが、簡単に現象を補足しておくと、ギャンブリング・デモストレーションで25枚のカードを使い、5人に5枚ずつ配る。ただし、途中で、1人1回ディーラーのカードと自分のカードを交換できる(逆に1人1回必ず交換しなければならない)。2回はダメ。動画では交換した人がわかるようにコインを置いてマークしている。後は動画の通り。

さて、問題はこれを見た感想である。見たときはかなり不思議に見えた。誰と交換するかはフリーチョイスなのに、ちゃんといい役が出来ている。
が、しかし、自慢するわけではまったくないが、私は10秒ほどで、あることに気がつく。で、「えーと、つまり、こういうことで…」と1〜2分ぐらいで、このマジックの基本原理(というかサトルティというか)に気がつく。で、実際に25枚のカードでセットを組んで試してみて、「あ、できた」状態になったのはたぶん、5分後ぐらいだったと思う。
問題はここから。なぜ私はこのマジックのタネに気がついたのかという点。マジシャンのみが持つ知識によっているのであれば、問題はなく、非マジシャンには不思議に見えるであろうということ。そうではなくて、単にそれなりの記憶力と、論理的分析力と、洞察力があれば、マジックの知識がなくてもタネにだどりつけるなら、少なくとも私と同程度の能力のある人には通用しないマジックということになる。
演者の力量に依存する部分があることはわかっているつもり。この前の取り上げたサイレント・ランニング(日本語版)なんかもそうで、「何をどうやって最終的にカードを当てたのか」をしっかり記憶する能力があって、論理的に逆算できる人には通じないマジックだと思う。だから、そういうことを考えさせないように演出・言い回しを工夫する、記憶をいい感じに混乱させる(都合の悪いところは印象に残らず、都合のよいところを強く印象に残す)、といった演じる上での工夫が必要であろう。
しかし、「EXCHANGE POKER」については、そういうメンタルマジック的対処方法で、印象の操作をするのは難しい気がする。論理的思考が得意な人は「どうカードを配ったか、どう交換したか」に間違いなく意識がいくと思う。どれだけ「入れ換える人は自由に選びましたね」と強調しても。むしろ、強調することで「なぜ、それでうまくいくのか」という方向に思考がいきやすそうな気がする。
私は、一応マジシャンで、色々なマジックの手順を知っているし、この手のマジックの手順も当然いくつか知っている。だから、タネがわかったと言えなくもない。が、一方で思考の過程で、マジシャンしか知らない知識を使ったかと言われると、ちょっと自信がない。
だから、このマジックがどの程度不思議に見えるのか自信が持てないのだ。これが「セルフワーキングの悩み」。このブログによく登場するうちの会社の同僚はことごとく、セルフワーキングの原理を見破ってきた。しばらく考えて、「こうすればできるんじゃ」と再現されてしまったことが何度あったことか。
セルフワーキングトリックは私は強力なトリックであると思う。秘密の動作がないので、観客は疑うべき点すらないのだから。一方で原理のみで成り立っているわけで、原理に気がつかれるとそれで終わり。そこが難しい。

また、現象の分かりやすさと、原理の複雑さのバランスも難しい。より不思議で複雑な原理は現象も複雑になりがち。
そんな中、私がレパートリーにして好んでやっているのはセルフワーキング・マジック事典 に収録されている「ごちゃ混ぜ予言(Ludow's card Trick)」である。Ali Bongoのトリックである。Simon Aronsonの「Shuffle-Bored」の原理を使っていて、現象は非常にわかりやすく、ユーモアもあって、知らないとマニアも不思議がらせることができる(実際、何人か不思議がらせたことがある)。リセットもさほど難しくないし、一時期はトリネタとしてよくやっていたものである(そう言えば最近やってないなあ。予言の紙どこ行ったかなあ)。
他にはBob HummerのCATO(Cut And Turn Over)の原理を使ったマジックもよくやる(CATOが何の略が調べようと「ボブ・ハマー CATO」で検索したらこのブログが3つ目にヒットしてちょっと驚いた(2010/6/5現在)。まあ、おかげで調べがついたんだけどね)。テンヨーのプラスワンキャンペーンの1つ「マジカルバーガー」がこの原理を非常にうまい演出で使っていてお気に入りのマジックの1つである。他にもCATOを活用したマジックはレパートリーに入っている。ばれににく、現象がわかりやすくて便利。とは言え、一度、会社の同僚に見破られたことあるんだけどね。
他には「ギルブレスプリンシプル」を使ったマジックもわかりやすくて、バレににくて好き。マニアもよく理解してない人なら引っ掛かる。セットアップが面倒なのが多いが、そこは程度問題で、手順の中で、セットアップしてしまうようなマジックもあったりして、便利な原理である。

で、話を戻して、こうした、よくできた原理を使ったセルフワーキングトリックなら、まあ、心配なく演じるんだけど、冒頭の「EXchange Poker」みたいなのは、どうにも微妙で、どこまで通用するのか不安を感じてしまう。見せる相手を間違えなければ、まず通じると思う。が、初対面の人にマジックをやる機会もあるので、そういうときには微妙だなあという気もする。

まあ、「このマジックは通用するか?」というのはセルフワーキングに限らない悩みではあるが、セルフワーキングはいくら鏡の前で練習しても、あまり意味はなく、バレるときはバレてしまいどうしようもないという他のマジックにはないリスクがあると思うんだよね。
見てわかる通り、メンタルマジックでよく使われていて、メンタルマジックの演出でカバーできる部分は大きいとは思うけど、Pokerとなると話は別なので、今回、悩んでしまっているというのもある。

この手の悩みは「やってみるのが一番」ではあるのだが、ある人に通じたからといって他の人に通じる保証はなく、観客がどういうタイプの人か見極めて、演目を選ぶ、そういうスキルが重要なのではないかと、ここまで書いてきて思った。まあ、結局それも「やってみるのが一番」で経験積むしかないんだけどね。
しかし、セルフワーキングの本、数冊あるけど、ほとんど記憶に残ってないね。読み直してみないと。きっと新しい発見があるはず。

posted by shadow at 11:01 | Comment(15) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

思考のコントロール

毎回書いている気がするけど、忙しい。でも、一応3連休はちょっとマジックする時間がとれたので、山積みの未整理のマジックの道具や資料を1/3くらいは消化した。残りはいつ整理するのか未定だ。
で、ちょっとでも余裕ができると、またあれこれ買いたくなったりして、ジェイミー・イアン・スイスのクロースアップ・マジックとか、カードマジックカウント事典とか、Card Magic Library 第2巻を買ったり、他にもDVDをいくつか買ってしまったり。一応、未整理の山は少し低くなったけど、すべて片付くのは先のにまだまだ先な感じ。本は消化するのに時間かかるしねえ。レパートリーに入れようなんて思うとさらに大変。
他にもあるギミックの自作に四苦八苦していたり、まあ、いい意味で好きなようにやっているとも言えるけど、無計画で適当という気がしないでもない。

さて、今日の本題。別記事のコメントで少し触れた「思考のコントロール」について。とは言え、私が語るには難しいテーマであるので、何となく私が思うこと書いてみるという雰囲気で。別に私が考えたものじゃないし(たぶん)。具体的な話にしたいんだけど、思いつかないので概念のみで。
「思考のコントロール」というのを意識したのは、たぶん、トミーワンダーのアンビシャスカードの解説を見たときからだと思う。
この話を「ミスディレクション」から始めよう。多くの本に何らかの解説があるし、多くのマジシャンが知っていることであると思う。ミスディレクションのみで成り立っているマジックもあるくらい。もっともシンプルか解説では「観客の視線のコントロール」として解説されているのを見る。「観客の視線を別のところに逸らして、その間に秘密の動作をする」という説明である。私の理解では、これはミスディレクションの一面でしなく、本来ミスディレクションが意図しているのは「意識のコントロール」であろうと思う。
これも良く言われることであるが、「視界に入っていても、認識できなければ見えてないのと同じ」という奴で、ある意味、目の前で大胆な秘密の動作を可能にする考え方である。それを可能にする方法論はたぶんいくつかあるんだろうけど、よく目にするのは「動作の理由付け」とか「自然な動作」と呼ばれるものではないだろうか。さもそうするのが当然であるかのように見せると、観客はその動作そのものを覚えていないという奴。以前に前田知洋氏がTVで解説していたような気がする。そのときは「デックをひっくり返す」という動作をいかにカバーするかという話で、自然な流れの動作の中ですることで、ある意味露骨にひっくり返しているのに誰も気がつかないという話だったかと思う。そこの観客の意識を持っていかせないことで、秘密を隠すわけである。
というわけで、私の理解するところでは、「ミスディレクションは」はストレートに使うのなら、「視線のコントロール」であるが、意図するところは「意識のコントロール」で、観客がどこに注目するか、それをコントロールすることで、秘密を隠すということかと思う。
で、そのさらに先にあるのが「思考のコントロール」じゃないかなと個人的に思っている。トミーワンダーのアンビシャスカードの解説で驚いたのは、「このとき観客はこう考える、なので次は…」みたいなことをトミーワンダーが解説しているところ(英語力がないので、実はよくわかってないんだけど)。わかりやすく表現するのなら「裏をかく」ということなのかもしれないけど、もうちょっと複雑な気がする。目的は観客を騙すことではなく、観客を楽しませることだから。
具体例は何もあげれないんだけど、手順の構成を考えるとき、「こういう見せ方をすると、観客はどう思うのか?」というのを意識して、手順を考えるのと、そうでないのとでは大きな気がありそうな気がして、トミーワンダーの解説を見て「あぁ!」と思い、なぜか強く印象に残った。で、観客がどう考えるか、それを完全にコントロールすることができれば、本当の魔法を見せれそうな気がする。それがとても難しいこともわかるけど。
その一方で、ジョン・ブラザー・ハーマンの考え方も面白い。(私が誤解しているのでなければ)「マジックの現象をどうとらえるかは観客に任せる」ということが本に書かれていたかと思う。「マジシャンは話し過ぎない」というのは強調されていて、現象をどう理解して、どう不思議に思うかは観客に任せる方がより不思議に見えるということらしい(たぶん)。どこかで「観客の頭の中で現象を起こす」という表現を見たような記憶もあるのだが、よく覚えてない。手抜きに見える部分もあるかもしれないけど、現象をどう理解して、どう不思議がるかは確かに人それぞれな気はするので、これは非常に参考になる考えだと思った。
しかし、観客の思考を完全にコントロールして、マジシャンの意図した通りの魔法を見せるのも、これまた非常に強烈で、それが可能なら、それの方がインパクトはあるような気もする。もちろん、それは非常に難しいのだが。

うーん、まとまりがない。やっぱり私が扱うには難しいテーマであったか。でも、繰り返しになるけど、こういうのを意識するかしないかは大きな差になるような気がするんだよね。

posted by shadow at 23:11 | Comment(8) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

勘の鋭い人

時間があるときに、書けるだけ書いておこう。
というわけで、この前知り合いのマジシャンと雑談していたときに話が、非常に的を射ている気がしたのでちょっと考えてみる。

「勘の鋭い人」というのは間違いなくいる。「よくそんなの気がついたね」と言いたくなるような人。マジシャンの天敵と言っていい。本人もなぜそれを思いついたのかうまくは説明できないだろう。だから「勘」と言うわけだが。
ただ、これをあえて、ちょっと掘り下げてみたい。サンプルはうちの会社の同僚。このブログにもたびたび登場している、うちの会社の同僚。数々の私のマジックを見破ってきた強敵である。それでも、「マジックを見るのは楽しい」というある意味いい相手なので、これまたこちらも見せまくるわけであるが(その分見る目がどんどん肥えてるんだけどね)。
という話を雑談していたんだけど、うちの会社の同僚は「非常に論理的である」のが特徴である。彼らば起きた現象を見たまま受け入れない。論理的に考えて、それを実現するためには何が必要かという視点で分析を開始し、論理的に矛盾のない結論を導こうとする。また、そのための必要な手順の記憶もかなり正確である。そして、手順を逆算し、「とてもそうは見えなかったけど(というコメントつきで)、あそこでああしたとしか考えられない」と言い出すのである。
アンビシャスカードを見せたときが顕著だった。彼らは容易にDLの可能性に辿りついた。「とてもそうは見えないけど、そうだとしたら説明できる」とはっきり言った。困ったことに「どう見えたか」は彼らにはほとんど意味がないのである。その後、ティルトに移るわけであるが、ここは想像の範囲外であったようで、「あれ?わからん」という状態だった。しかし、ここで困るのは「ティルトの部分はわからないが、DLの部分はわかっている」と正しく場合わけして理解してしまうことである。普通の人(って何という気がするが)は、たとえDLの可能性に気がついても、続けてティルトした時点で「あれ?違うのか?」と思い混乱してくれる。ところが彼らはそこで混乱しない。「この部分はDLで説明がついている。でも、この部分はまだわからない」と論理的に分けてしまう。うーむ、手強い。
そうやって、論理を積み重ねて結論を導こうとする、論理的思考のお手本のような思考で真相に近付いていくのである。
したがって、セルフワーキングもほとんど通用しない。彼らは数字に強いし、論理的に容易に逆算するし、そこに使われている数理的原理についても容易に辿りつく。
こういった、論理的思考をする人を単に「勘が良い人」と片付けてしまうと有効な対策が打てないかなと思って、今回ちょっと考察してみた次第。こうした人をちゃんと(?)騙すために必要なのは、ティルトのような「想像の枠外のテクニック」だと思う。恐しく複雑な数理的原理という手もあるが、そういう場合は現象もたいてい複雑なのでマジックとしてはいまいちなのではいかと思う。
言いたいことは、この手のタイプの人は「とてもそうは見えない」「とてもそうは思えない」という通常のマジックで考えられる対策では不十分であるということである。

まあ、こんな人達を意識して手順構成すると、マニアック過ぎる手順になりがちなので、あまり意識しない方がいいかもね。最も正しい対処方は「タネを考えるのが意味がなく思えるくらい、楽しく、面白いマジックを見せること」だと思うし。そっちの境地を目指すのがきっと正解だと思う。少くとも私はそう思っている(その境地は遠いけど)。ただ、身近にこの手の人がいて、「いつもすぐにばれて困る」という人がいるのであれば、上記のようなことが少しはヒントになったりしないかなあと思ったり。

posted by shadow at 00:33 | Comment(9) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

売りネタを考える

最近、売りネタの説明を見ながら「どういう原理、仕掛けなのか?」と考えるのがマイブーム。マイミクさんも巻き込んで「どうなっているんだろうね?」とやっている。
「購入せずに自作して安く済ませたい」というのが無いわけではないが、どちらかというと「訓練」というか、自分なりのアイデア練るための題材という意味合いが強いかな。あれこれ考えているうちに、新しい(かもしれない)アイデアを思いつくこともあるし。
最近だと、C.A.N.N.A.B.I.S.Ship Deckは楽しめた。
C.A.N.N.A.B.I.S.は「たぶん、こんな感じ」とだいたい手順が構成できた時点で、たまたまオークションで手頃な値段で出ていたので購入。材料費と細かいハンドリングを考えると、元は取れそうかなと思い。現象的には結構好きな現象だし。正直、定価で買う気にはならないトリックだが。気が向いたらもう少し詳細にレビューするかも。ほぼ完全に想像通りのギミックと手順だった。逆に安心。現在、自分の好みに合わせてハンドリング調整中。
Ship Deckは長らく、「よくわからんなあ」とほったらかしにしていたのだが、ふと、この前アイデアを思いつき、どうにかこうにか実現可能そうな仕掛けとやり方を思いつく。こちらは買ってないので、それで合っているかどうかは知らないが、実現可能そうなだけで気分的には満足。自作は大変そうなのでやる気はない。そもそも現象はそんなに気に入ってないし。単に不思議だったので考えてみたかっただけで。
今、注目しているのはパーフェクト52。動画が無いので、考える手掛りがあまりないのだが。動画がないと、文章では現象上の重要な省略とかあったりして、考えようがない場合があるんだよねえ。
しかし、考えているうちに1つ思いついた。たぶん、パーフェクト52とは違うやり方だと思うのだが(同じだったらどうしよう)、こんな感じ。リンク先の使える文章はそのまま使わせてもらうと、

現象:パーフェクト52とまったく同じ。変更の必要なし。
条件も流用させてもらうと、これは大丈夫、これもOK… 全部OKじゃん。
こちらのリンクにある
●選ばれた数字のちょうどその枚数目のカードが使われます。ケースによって、「その次に配られるカード・・・」ということはありません。
も大丈夫と。あとは、
●デックは箱から出して置いておくことができます。デックをテーブルに置いたら、数字を聞いた後もマジシャンはデックには触れません。
も追加可能。
売れたりしない?オリジナリティはまったくなくて、古くからある原理をそのまんま使ってるし、ちょっとしたアイデアだし、きっと誰かが既に発表してるんじゃないのという気がしてしょうがないのだが。パーフェクト52と同じである可能性は否定できないが…
もちろん、現象に重要な省略もあったりするけど、観客の印象はこの通りだと思う。その他に制約がいくつかあるけど、観客に表向きで配らせられるので、その辺りは気にされないということにしておく。動画にしては見せられない。まあ、予言系のマジックはたいていそうなんだけどね。

とか、まあ、あれこれ考えているとかなり楽しい。特にメンタル系は原理がシンプルで。

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posted by shadow at 00:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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