2007年04月27日

ドイツ旅行記(その2)

さて、前回の続き。
ドイツ旅行2日目(月曜日)の朝からである。時差ボケで朝の4時頃に目が覚める。朝食はホテルでバイキング。普通にパンとかサラダとか食べる。クロワッサンがやたらおいしかったことは覚えている。あと、スモークサーモンもおいしかった。そればかり食べていたような気がする。
で、私が座っている席とは反対の方に、日本人が4、5人いるのを見つける。お、知り合いの人が混ざっているじゃん。これはラッキーと声をかけてそちらにさっと移動。知り合いなのは1人だけで、あとは初対面であるが、海外で日本人が顔を合わせたのである。そんなことは些細なことで、すぐに意気投合して仲間に混ぜてもらう。同じホテルとは素晴しい偶然。その知り合いの人は8人ぐらいだったかな、それくらいの人数で来られていたということで、ちゃっかりその団体と一緒に行動させてもらうことにした。中には普通に仕事している分にはまず会うこともないような偉い人もいたのだが。
一緒に学会会場に歩いて向かう。歩ける距離というのもありがたい。学会の内容とかについてはここで書いてもしょうがないので省略。私の出番は学会の2日目(火曜日)なので、それまでは、他の発表を聞いたり、色々なメーカの展示物を見て回ったりして過ごす。仕事で来ているので、後で聞かれて困らない程度には情報収集しておかないといけないので。そのとき、競合メーカのブースで自分の専門分野について、調子にのって根掘り葉掘り聞いていたら、最初の方は調子よく教えてくれたのだが、途中で私の名札を見て「なんだ、あんたの方がこのシステムには詳しいだろう(笑)」とはぐらかされた。まあ、その内容で発表しに来ているわけだし。私の名前を知っていたわけでなく、会社名を見ただけだと思うけど、自分の会社の知名度を再認識した次第。
自分の発表は質問責めにあって苦労はしたものの(何言っているかわからなくて、何回か聞き返す始末で)、質問があるというのは反響があるってことなので、まあ一応成功なのかなと思う。仕事の話はこの程度にしておく。
海外旅行で困るのは食事をどうするかだと思う。朝食はホテルで食べれるけど、昼食と夕食をどうするかは悩みどころ。しかし、今回は幸いにして、ほとんどを学会で用意してくれた。学会の3日間とも昼食はバイキング形式で用意されていたし、2日間の夜はパーティがあり、そこで食べることができた。なので、自分でどうにかしないといけないのは、最後の夜の夕食のみという状態。ありがたいことである。昼食のバイキングはメニューとしてはパスタ中心で「イタリアン?」という気がしたが、無難においしかった。夕食はドイツ料理だったのかなあ、正直なところ2日ともあまり口に合わなかった。他の日本人も同じ感想だったので、あまり日本人には合わない味だったのであろう。「連中はこれをおいしいと思っているのか?」とまで言う人もいたくらいで。
さて、学会も無事に終わり水曜の午後。この旅の少ない自由時間である。とりあえず、お土産を買おうと思い、「ケルンの大聖堂という観光地があるのだから、その近くにお土産屋くらいあるだろう」と思い探してみるが、小さいちょっとした物を売るお店があるだけで、それらしいお店は見つからない。その裏に商店街があったので、「何かあるかな?」と思い、商店街をうろうろする。電気屋とかあって、本当に普通の商店街だった。そこで、大き目のスーパーを見つける。お土産として想定していたのはお菓子だったので「ここならあるだろう」と思い入ってみる「食品が地下というのは万国共通」と誰かが言っていたことを思い出し、地下へ。本当に食品が売っていた。お菓子コーナーに無事にたどりつき、適当にいくつかドイツっぽい(?)お菓子を買うことができた。レジで会計のときに何か話しかけてくるので「わからん」って言うと(もちろん英語)、"Do you have a point card?"って言ってきた。"No"っていうと、さらに"Do you want to make a point card?"って言うので、ちょっと笑いながら"No"って答えた。しかし、レジを売っている普通の女性がペラペラと英語を話すのはさすがだなあと思った。
そうそう、大聖堂も観光してきた。一番上まで上れると言われて、「せっかくだから」と上ったのだが、正直後悔した。一番上に何かあるわけじゃないし。ケルンの町を見渡せるだけで、疲れただけだった。大聖堂の中はさすがというか、何とも言えない厳粛な空気でなかなか面白かった。
この日の夕食をどうしようかと思っていると、大聖堂の裏の広場で何かお祭りをやっている様子。ちょうどいいので、そこの出店でいくつか買って食べることにした。ソーセージはさすがのおいしさというか、いくつか食べたけど、どれもうまかった。逆にそれ以外はいまいちだったが。このとき注文は当然、英語でするわけだけど、それが通じなくて困ることは一度もなかった。ドイツはたいていのところで英語が通じるのがありがたい。パリとは大違い。それなりに満足のいく食事となった。
帰りはタクシーで空港まで行くことになるので、前日にホテルのフロントでどれくらい時間がかかるか聞いてみる。時間帯によるらしく、渋滞にはまると2時間、空いていると30分程度という何とも幅のある回答。しょうがないので、トラブルは御免なので、早目に出ることに。駅前でタクシーをつかまえて空港まで。早目に出たこともあって、すいていて、早く着く。また退屈。もう、読む本もないし。ボーっと待つ。ここの搭乗手続きでちょっとトラブル。夏に使っていて、そのまま手荷物の鞄の中に入れたままになっていた、制汗スプレーが危険物と認識されたらしい。まあ、確かに火気厳禁の奴は使い方によっては危険物だしなあ。「ここに置いていくか、預けた鞄に入れるかどちらか」と言われて、もう使わないし、面倒だったので、そのまま置いてきた。
帰りの飛行機の中のこともよく覚えてないが、小さいTVに映る映画を適当に見ながら帰ってきた記憶だけはある。
日本に着いたのは金曜の朝。すっかり時差ボケでとっても眠かったのだが、何とかその後電車を乗り継いで寮にだどり着く(独身時代の話なので)。
こうして私の初海外旅行は無事に終わったのである。行く前は不安だらけで、「できれば行きたくないなあ」と思っていたのだが、意外と何とかなるということがわかったのがこの旅の一番の収穫のような気がする。

posted by shadow at 20:13 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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はじめに
Excerpt: 2001年5月22日から31日のユーロツアーについて 義兄が当時仕事の都合でドイツのコブレンツという街に住んでおり我々夫婦も「いいなあ~」などと言っていたのだが、その義兄がなんとまあフランスで結婚..
Weblog: ヨーロッパ旅行記 2001
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