2010年10月24日

「ラビリンス」をきっかけに思ったこと

Twitterで私をフォローして下さっている方にはわかると思うが、本当はiPod touchのことで色々と書きたいことが山のようにあるのだが(備忘録にもなるし)、先月からマジックの話がかなり減っているで、今日は我慢して、マジックの話を。

今日書きたいのはラビリンスのレビューではない。表題の通り、それに関して思ったことである。「ラビリンス」のレビューは「大変不思議。マジシャンでも引っ掛かる。非常に興味深い原理を使っている。即興、即席で、簡単にできて便利。」というところか。非常によくできたマジックだと思う。ただ、これから書く辺りをどう考えるかは難しいと思う。まったく考えがまとまってないので、あまり期待せず読んで下さい。

マジックを評価するときの1つの指標として「観客の負担」というのがあると思う。もちろん、軽い方がいい。しかしながら、原理上の制約、現象上の制約から、結構、観客の負担の高いマジックもある。「すべては観客の手によって行われたのに、不思議なことが起きた」というのは結構インパクトがある。なので、それに見合う価値があるのなら、観客の負担は少々高くてもいいと思う。
というところまではいいと思うんだけど、問題は「どこまで高くでもいいか?」というのと、観客に何らかの操作をしてもらうとき「その操作に意味を持たせられるか?」、「操作ミスがあったらどうするか」という辺り。少なくとも私は気になる

1つ目は観客や状況次第と思う。カジュアルな場で、見ている方も軽い気持ちで見ているときに、あれこれ観客にやってもらうのは観客からすればかなり面倒だろう。マジックを見る気満々で、「これから何が起きるんだろう!」状態であれば、かなり観客に負担をかけてもいいし、その方が喜ぶ人もいるかもしれない。

2つ目辺りから結構気になる。Youtubeに動画もあることだし。ラビリンスを例にさせてもらうと、覚えるカードを決めるまでの観客の操作は結構ある。「取った枚数を数える」「その枚数数えて、その枚数目のカードを覚える」。かなり面倒ではなかろうか。そして、「なぜ、そんな面倒なことをして覚えるカードを選ばないといけないのか?」と疑問を持たれないようにできるのか。そこら辺が気になる。この後書こうと思っている「ミス」にも関連するけど、取ったカードを数えるときに「適当に取ってもらいましたけど、何枚取られました?」とさりげなく、枚数にあまり意味はないかのようにするというのは常套手段であるが、それをすると、真剣に数えてくれない可能性があり、数え間違いのリスクがあると思う。覚えてもらうカードを選ぶために、枚数をまた数えるのは私にはどう説明していいか、どんな風にすれば、不自然にならないかわからない。素直に「こうして下さい」と言う他ない(少なくとも私には)。そこで「そういうもんなんだ」と思ってくれればいいが、「面倒なことさせるなあ」と思われると、マジックの効果が薄れる気がする。

最後3つ目、「操作ミス」であるが、私はこれが一番恐い。しつこくラビリンスを例にさせてもらうが(わかりやすいので)、ちゃんと、事前にマジシャンがやってみせて、観客が操作しているときも、マジシャンは見ないようにするが、声で指示を出して、間違いを防止している。しかし、私の経験上、それでも操作ミスは起きる。実際何度か経験した(ラビリンスではないが、やってみせて、声で説明しながらやってもらった状況において)。観客の操作ミスに気がつけばいいが、ラビリンスのように完全に見てない状態では、気がつけないので、最後に非常にリカバーの難しい失敗という状態になってしまう。
メンタルマジック好きな私であるが、この「マジシャンが見てない状態での観客の操作ミス」が怖くて、名作なのにレパートリーから外れているマジックが結構ある。トラウマと言っていいかもしれない。マジシャンからすれば簡単な操作でも、慣れない人は思いもよらない間違いをする。で、そういう間違いがないようにくどくど詳しく説明すると、流れが悪くなるし、そこに怪しさが出てくるように思う(「正確にそうしないとうまくいかないんだ。何か理由があるな」みたいな。まあ、その通りなんだけど)。今でも、どうしたものか悩んでいる。

基本的な対処方法は「適切な観客を選ぶ」だと思う。少なくともメンタルマジックにおいては非常に重要なことであり、普段から自分なりに気をつけているつもり。どういう観客が適切かは、さすがに語る自信がないし、長くなるので、ここでは省略。
あとは、これも当然だけど、「観客をコントロールするスキルを上げる」。これは、場数を踏んで、何度も痛い目に会いながら修得するスキルだと思うが、メンタリストの演技を見ていると、言葉1つ1つを慎重に選び、適切なタイミングで、適切なトーンで指示を出し、明らかにうまく観客をコントロールしている。あの域は遠いなあと思うが、本気で取り組むのなら、今のように逃げていてはダメだろう。
とは言え、本当にミスがあるとどうしようもないので、TPO次第な部分は多いと思う。例えば、ラビリンスはよほどの理由がない限り、マジシャンか、マジックを見慣れた人にしか私はやらないだろう。「クロースアップマジックは初めて見ます」という観客には怖くてできない。

というわけで、私の中ではまったく解決してない問題なので、歯切れが悪いどころか「何書いてんだろ」状態であるが、「ラビリンス」を見たときに、「こういうのってどう考えたらいいんだろうね」と思い、あれこれ思ったので書いてみた。

posted by shadow at 20:20 | Comment(6) | TrackBack(0) | マジック(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まさに仰る通りで、観客への負担という観点と、観客の操作ミス、というのはかなり重いポイントですね。裏側の意味はともかく、観客からしたら、何でこんなことをさせられてるんだろう、とか思われることしばし、なんでしょうね。
「I Dream of Mindreading」 (John Lovick)なんか原理も現象も非常に好きなのですが、人がやってる時に遭遇した、あの思いもしない観客の行動などを目の当たりにしてしまうと自分では怖くて出来ないです。。。
Posted by きょうじゅ at 2010年10月24日 22:15
結構難しい問題だと思ってます。やっぱり、マジックを見慣れてない(裏の事情なんてものは想像もしてない)人には、「そりゃ、普通そうするよね」レベルの操作しかお願いしたくないと思ってます。そのレベルならミスもないでしょうから。
「I Dream of Mindreading」は私も「面白い!」と思ったのですが、観客はどう思ってるんでしょうね。観客がどんな行動をとったのか興味あります。
Posted by shadow at 2010年10月24日 23:08
人に作業を任せるというのは、
いくら説明しても想定外のことが起きますよね。
そこらへんを解決するのが、また楽しみですか?
Posted by きーた at 2010年10月24日 23:43
そうなんです。こちらの想像を越えた(だから「想定外」なんですが)ことは比較的簡単に起きるんですよね。
それを「ちゃんと理解できなかった観客が悪い」とは言いたくないとは思ってます。でも、これを解決するのはあまり楽しくないですね。経験しないとわからないことも多いですし。
Posted by shadow at 2010年10月25日 01:43
お久しぶりです。自分もラビリンス買ったんですがおっしゃる通りこれはマジシャンかマジックを見慣れている人向きかもしれません。ただ、全然マジックを見たことない人にするんであれば相手が取った枚数目を演者が見ていても十分不思議だと(相手にとっては)思います。あとは当然、うしろを向いておく必要はあると思います。ここだけクリアすればほぼ間違いはないですかね・・・
Posted by deniro at 2010年10月30日 20:13
公私共にバタバタしており、反応が遅くなりました(本当は今日ブログ更新したかったんですけどね)。
おっしゃる通り、厳密にマジシャンがまったく情報を持ってないようにしなくてもマジックとしては通用すると思います。
ただ、同じようなことをmixiのトピックにも書いたのですが、それで通用する(十分不思議に思ってもらえる)観客であれば、別のマジックを見せた方がいいと私は思います。「ラビリンス」の素晴しいところは「マジシャンはカードを当てるために必要な情報を一切持ってない(ように見える)」ところにあると私は思っています。
Posted by shadow at 2010年11月01日 00:40
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